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「何でもやればできる!」 競争と協調の実現を目指して
私はスキーが好きだ。
ゴルフも好きだがスキーはもっと好きだ。スキーは、ゴルフと違ってスコアがないから勝ち負けがない。だが、スリルは満点だ。一旦滑り始めたら一瞬の気のゆるみも許されない。ちょっと気を抜いたら、すぐにこける。こけたら最後で、数十メートル滑り落ちる。これは相当に恐い。しかし、“カッコよく”滑りたい。だから私は、いつも「勇気、勇気」と叫びながら滑るのである。
ところで、最近はスポーツ選手もだんだんやりにくくなってきたと思う。速いだけ、強いだけではだめで、「カッコいい」とか「タフである」とかいったように、実力以外にも何かアピールするものがないとファンの支持を得られなくなってきている。
ビジネスにも同じことが言える。いや、ビジネスの方がもっと厳しい。まず、常に競争相手がいて、先を越されれば負けである。いつも全速力で走らなければならない。時間が勝負だ。お金は、たとえ失っても取り戻せるが、一旦失った時間は永久に取り戻せない。さらに厳しいのは、スポーツが速いだけではだめなように、ビジネスもただ突っ走って利益をたくさんあげるだけでは、評価はあがらないということだ。
昨秋、米国のランドーアソシエイツという調査会社のアンケート調査で、「世界で一番高い評価を受けている会社はソニー」という結果が出たことは本当に嬉しい。これは、製品や業績がよいからというだけではなく、ソニーという会社そのものに人々が好感を持ってくれたからだと思う。そのソニーをここまでにしたのは、全世界のソニーファミリーのたゆまぬ努力の賜物であると私は心から感謝している。
しかし、ここで一つ疑問に思うことがある。ソニーの評価はすばらしいのに、世界中に優れた製品を供給している日本が、なぜいつも叩かれっぱなしなのかということである。われわれはこのことについて今一度、考えてみなければならないと思う。ソニーに対する評価が高いのであれば、日本に対しても信頼感を持ってくれてよさそうなものだ。しかし、なかなかそうならないのは、信頼関係を生むために必要なものが、何か欠けているからなのだと思う。
信頼関係を生むために必要なものとは何なのか、私もいろいろ考えてみたが、詰まるところ、それは「協調」なのだと思う。他の人と仲良く、しかもフェアに競争できる仲間でなければならないのだ。しかし、一口に「フェアであれ」「協調せよ」と言っても、それは簡単ではない。相手とうまくやっていくためには、自分も我慢する覚悟がいるのである。国際社会というのはそれほど甘くはない。自分に折り合う気がないのに、相手に折り合ってくれと言ってはならない。
相手の立場を理解し、彼らにわかる言葉で説明できなければ、相互の折り合いも、納得も、そして協調も生まれない。どうも日本はそうしたコミュニケーションが不得手なようだ。
今や、ソニーは日本の代表選手と見なされている。だから日本への批判はソニーへの批判となり、逆にソニーへの批判は日本への批判となる。こう考えると、ソニーファミリーの一人ひとりは大変大きな使命と責任を負っているのだということを自覚しなければならない。
ソニーファミリーは世界中にいて、それぞれ違った歴史、伝統、習慣を持っている人たちが、ソニーの旗の下にいっしょに働いている。彼らは、日本人とは考え方、行動の仕方も生まれながらに違っているはずである。私は、「日本人と一緒に働くのは難しい」と、アジアの人たちにも、欧米の人たちにも言われたことがある。まず、ソニーファミリー同士の結束を固めることが「協調」の第一歩である。
そして、その結束を固めるためには日本人メンバーの我慢が必要かもしれない。今や、世界の経済大国となった日本の一員としての“謙虚の美徳”とでも言うのだろうか。これを読んでくださっている社員諸君、その家族の皆さん一人ひとりのそうした努力が、これからは必要なのである。
競争と協調のバランスをうまくとりつつ「一番」のポジションを維持し続ける。――これは難しいことで、今後のわれわれの大いなる課題として取り組まなければならない。そのためには時代、時代に即した、新しい経営戦略、経営理念が必要になってくるだろう。技術革新の面では、わが社は心配ないと信じているが、経営革新、販売革新のためには、まだまだ努力しなければならないことが多い。これは、トップだけがいくら走っても達成できるものではない。ファミリー全員の協力が必要である。
「何でもやればできる」が私の信条である。この「競争と協調」を実現するために、今年も皆さんと力を合わせていきたい。一緒に頑張ろう!
(ソニー 社内報 1991年1月号から抜粋)