Akio Morita Library

HOME

    盛田昭夫について
    • 年 譜
    • 叙 勲
    • 「盛田昭夫」のコレクション
    • 「盛田昭夫」フォトギャラリー
  • 盛田家について
    • 歴 史
    • 鈴渓資料館
  • 「盛田昭夫」語録 こころの教科書
    • 「盛田昭夫」語録
    • フィロソフィー
  • 「盛田昭夫」を語る
    • エピソード
    • 想い出
    • ゲストブック
    • キミもがんばれ
  • 記念館
  • 関連資料
    • 著 書
    • 関連書籍
    • 鈴渓義塾
    • 音 楽 〜カンタータ「天涯」〜
    • その他の情報
  • イベント
    • 人間「盛田昭夫」展
    • 関連イベント
  • 写真レンタル
    • レンタルサービスについて
    • レンタル写真サンプル
    • お問い合わせ
  • ライブラリーについて

盛田昭夫について

年 譜

夢を追い続け小さな町工場を世界のソニーへと成長させた 困難な中にも自由闊達に楽しく過ごした盛田昭夫の生涯

西 暦

(年 号)

年 齢  年 譜
1921年

(大正10年)

0歳 1月 1月26日
愛知県名古屋市に父・久左エ門、母・收の長男として誕生。盛田家は400年近く続く造り酒屋であり、昭夫は15代目の跡継ぎ
1933年

(昭和8年)

12歳 3月 愛知県第一師範学校付属小学校卒業
1938年

(昭和13年)

17歳 3月 愛知県第一中学校卒業
1942年

(昭和17年)

 
21歳 3月 第八高等学校理科卒業
4月 大阪帝国大学理学部物理学科入学
1944年

(昭和19年)

23歳 1月 海軍委託学生となる
5月 前月発令された学徒動員令により、海軍技術学生として、横須賀の海軍航空技術廠支廠勤務。その後、しばらくして、大阪帝国大学への出張が許可され、研究に従事する
9月 大阪帝国大学理学部物理学科卒業。海軍技術見習尉官として浜名海兵団に入団、訓練を受ける
1945年

(昭和20年)

24歳 3月 海軍技術中尉に任官、横須賀の航空技術廠支廠勤務
3月 戦時研究委員会で井深大(ソニーファウンダーで元ソニー会長。当時、日本測定器常務)と出会う
8月 出張中に立ち寄った家族の疎開先、愛知県小鈴谷で、終戦を迎える
10月 <東京・日本橋白木屋(元・東急百貨店)内に、井深が東京通信研究所を設立>
朝日新聞のコラム「青鉛筆」で井深が会社を設立したのを知り、井深と再会
1946年

(昭和21年)

25歳 5月 東京通信研究所を改組して、井深とともに資本金19万円をもって東京通信工業株式会社(現ソニー株式会社)を設立、取締役に就任
1947年

(昭和22年)

26歳 1月 <東京通信工業株式会社の本社および工場を東京都品川区に移転>
11月 東京通信工業株式会社、常務取締役に就任
1950年

(昭和25年)

29歳 7月 <日本初のテープレコーダー「G型」を発売>
11月 東京通信工業株式会社、専務取締役に就任
1951年

(昭和26年)

30歳 5月 三省堂社長 亀井豊治、たま夫妻の四女・良子と結婚
1952年

(昭和27年)

31歳 2月 長男・英夫誕生
1953年

(昭和28年)

32歳 8月 初の海外出張。アメリカ、ヨーロッパを3ヶ月かけて歩く。オランダのフィリップス社を見学し、東通工も海外に進出することを決意する
10月 磁気テープ工業会(現社団法人日本記録メディア工業会)発足、初代理事長に就任
1954年

(昭和29年)

33歳 9月 次男・昌夫誕生
1955年

(昭和30年)

34歳 8月 <日本初のトランジスタラジオ「TR-55」発売>
1957年

(昭和32年)

36歳 2月 長女・直子誕生
3月 <世界最小のポケッタブルトランジスタラジオ「TR-63」発売。本格的輸出の第1号>
1958年

(昭和33年)

37歳 1月 <社名をソニー株式会社と変更>
12月 <東京証券取引所上場>
1959年

(昭和34年)

38歳 12月 ソニー(株)、代表取締役副社長に就任
1960年

(昭和35年)

39歳 2月 米国にソニー・コーポレーション・オブ・アメリカを設立、取締役社長に就任
5月 <世界初のトランジスタテレビ「TV8-301」発売>
12月 スイス・ツークに現地法人の販売会社ソニー・オーバーシーズ・SAを設立、取締役社長に就任
1961年

(昭和36年)

40歳 6月 <日本企業として初めて米国でADR(米国預託証券)を発行>
1962年

(昭和37年)

41歳 10月 <ニューヨーク5番街にソニーショールームを開設>
1963年

(昭和38年)

42歳 6月 家族を伴い、米国に駐在
7月 <世界初のオールトランジスタ小型VTR「PV-100」発売>
1964年

(昭和39年)

43歳 7月 父・久左エ門、逝去
1965年

(昭和40年)

44歳 3月 <米国テクトロニクス社と折半出資でソニー・テクトロニクス株式会社を設立、代表取締役社長に就任。いわゆるジョイントベンチャーの第1号である>
8月 <世界初の家庭用VTR"ビデオコーダー"「CV-2000」発売>
1966年

(昭和41年)

45歳 4月 <銀座・数寄屋橋角にソニービルを完成、オープン>
1968年

(昭和43年)

47歳 3月 <シービーエス・ソニーレコード(株)を設立、代表取締役社長に就任(1988年ソニー100%出資、1991年4月(株)ソニー・ミュージックエンタテインメントに社名変更)>
5月 <英国ソニー・(ユーケー)・リミテッドを設立、代表取締役に就任(1993年4月、ソニーユナイテッド・キングダム・リミテッドに統合)>
10月 <"トリニトロン"カラーテレビ「KV-1310」発売>
1969年

(昭和44年)

48歳 3月 米国モルガン銀行国際委員会委員に就任
1970年

(昭和45年)

49歳 4月 <ニューヨークのタイムズスクエアにSONYのネオン点灯>
9月 <ニューヨーク証券取引所上場>
1971年

(昭和46年)

50歳 4月 米国「タイム」誌の表紙に登場、"ジャパン・イノベーター"と称される
6月 ソニー(株)、代表取締役社長に就任
1972年

(昭和47年)

51歳 3月 IBM・WTC社の取締役就任
1973年

(昭和48年)

52歳 5月 <カラーテレビ"トリニトロン"にエミー賞>
1976年

(昭和51年)

55歳 1月 ソニー(株)、代表取締役会長に就任
1979年

(昭和54年)

58歳 8月 <米国プルデンシャル生命保険と折半出資でソニー・プルデンシャル生命保険株式会社設立、取締役会長に就任>
1980年

(昭和55年)

59歳 4月 パン・アメリカン航空会社取締役就任
1981年

(昭和56年)

60歳 11月 社団法人 経済団体連合会国際投資技術交流委員会 委員長就任
1982年

(昭和57年)

61歳 4月 東京フィルハーモニー交響楽団会長に就任
1984年

(昭和59年)

63歳 5月 社団法人 日本電子機械工業会 会長に就任
1986年

(昭和61年)

65歳 5月 社団法人 経済団体連合会 副会長に就任(1992年5月に退任)
1988年

(昭和63年)

67歳 4月 対米投資関連協議会 会長に就任(1989年9月より 社団法人海外事業活動関連協議会に改称。1995年5月より名誉会長)
12月 母・收、逝去
1989年

(平成元年)

68歳 7月 社団法人 日本イベント産業振興協会 会長に就任
11月 <米国コロンビア・ピクチャーズエンタテインメント・インクを買収(1991年8月ソニー・ピクチャーズエンタテインメントに社名変更)>
1990年

(平成2年)

69歳 7月 社団法人 劇場演出空間技術協会 会長に就任
1991年

(平成3年)

70歳 6月 IEEE(国際電気電子技術者協会)名誉会員
10月 財団法人 国際研修協力機構 会長に就任(1995年3月に退任)
1992年

(平成4年)

71歳 3月 <米国ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの日本における配給子会社などを統合し、(株)ソニー・ピクチャーズエンタテインメントを設立>
5月 社団法人 経済団体連合会 評議員会副議長に就任(1994年5月に退任)
6月 財団法人 経済広報センター 副会長に就任(1994年6月に退任)
1993年

(平成5年)

72歳 6月 株式会社 対日投資サポートサービス 会長に就任(1996年6月に退任)
日米経済協議会 会長に就任(1994年6月に退任)
11月 <(株)ソニー・コンピューターエンタテインメントを設立>
1994年

(平成6年)

73歳 11月 ソニー(株)、ファウンダー・名誉会長に就任
1996年

(平成8年)

75歳 5月 <ソニー(株)創立50周年>
1998年

(平成10年)

77歳 12月 米国「タイム」誌が選ぶ「20世紀の20人」に日本人として唯一選ばれる
1999年

(平成11年)

78歳 10月 10月3日 肺炎のため逝去

<>は、ソニーの年譜より

ページのトップへ