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変革への勇気「『日本型経営』が危ない」(1992年)
〜異質の経営理念が生む価格格差〜
戦後の復興期において、GHQの指導による労働慣行の民主化の結果としてもたらされた終身雇用制は日本企業の経営慣行に大きな変革をもたらしました。
これによって、企業のマネジメントと従業員の間に「運命共同体」的意識が形づくられ、労使間、従業員間に給与面で大きな格差を設けないやり方や、年功序列意識といった日本的な平等主義につながることになりました。さらには、「欧米に追いつけ、追い越せ」という共通の目標のため労使が一体となって技術をみがき、生産効率を上げ、品質の向上に励むという欧米とは異なった企業風土を生み出すこととなりました。
それに加えて、政府の産業振興政策の影響もあって、各分野で過当競争といわれるような熾烈な競争が行われるようになったのです。そのため日本企業は必然的に、その持てるリソースのすべてを競争に勝ち抜く諸条件整備のために優先的に振り向けざるをえませんでした。
すなわち、企業の業績が好調で、利益が大幅に上がっても、企業はその利益を一層の競争力向上のため、研究・開発や生産設備等への再投資に振り向け、さらには、景気その他、企業を取り巻く経営環境の悪化に備えて内部留保に回すようになったのです。たしかに、こうしたやり方は企業の体質を強化することに大きく役立ってきましたが、その半面、利益を従業員や株主、または地域社会などに還元していくという側面が陰に隠れてしまったきらいがあります。
また、企業の活動を支えてくれる協力会社に対しても、自社の競争力向上を重視するあまり、ときには無理をいってきたきらいがあります。その結果、これらの企業にかかわる関係者の利益と経営方針との関係が欧米とは大きく異なってしまったようです。
まず、従業員との関係では、労働時間、給与水準の面で欧米とはずいぶん格差が広がってしまいました。1989年の年間総労働時間を比較してみると、日本が2159時間なのに対して、アメリカは1957時間、旧西ドイツは1638時間、そしてフランスは1646時間と大きな格差が存在しています。
また、労働分配率を比較してみると、1980年から84年の5年間の平均で見て、日本の77.8パーセントに対してアメリカは80.3パーセントと開きが見られ、欧米とは勤労者への成果配分の格差が見られます。 次の株主との関係では、日本企業の株主配当性向が欧米企業と比較して非常に低いことが指摘されています。具体的には、日本が30パーセントであるのに対して、アメリカは54パーセント、イギリスは66パーセント、旧西ドイツは50パーセントと、その開きは歴然としております。また、取引先との関係では、セットメーカーと部品供給企業の関係を例にとると、欧米では両者の関係が対等であるのに対して、日本では一般的には長期継続的取引が行われて両者に安定的な関係が築かれる半面、納期や納入価格等の取引条件の面でセットメーカー側に有利なように決定されることが見受けられます。
最後に地域社会との関係を見てみると、米国企業と比較して日本企業は地域社会への貢献に積極的とはいいがたいようです。手持ちの最近のデータによれば、企業の寄付額は、対税引前利益比で日本が0.33パーセントであるのに対してアメリカは1.55パーセントと大きな開きがあり、両者の姿勢の違いを見ることができます。
このような経営理念の違いが、ひいては最終製品の価格の格差を生じさせ、欧米企業には到底太刀打ちできない日本企業の価格体系をつくり出しているのです。それが彼らをして「日本はアンフェアだ」「われわれを窒息させるのか」と悲鳴をあげさせる状況をつくっているのではないでしょうか。 (Vol. 8に続く)
WAC「21世紀へ」より抜粋