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変革への勇気「『日本型経営』が危ない」(1992年)
〜日本の経済・社会システム全体の変革〜
日本の現在の企業風土では、あえてどこか一社改革をやろうとすれば、その会社が結果的に経営危機に追い込まれてしまうような状況が存在しています。そのためどこも積極的に動こうとしません。
こうした自己防衛優先の意識が問題なのです。誰が率先して手本を示すかという話になると、経営者としてはなかなか勇気が出てこないのです。これはきわめて難しい問題ではありますが、その実現に向けての企業の取り組みは少しずつ始まってきています。
たとえば、自分のところの例で恐縮ですが、わが社では最近、役員をはじめ全社員が各人の希望に応じて自由に連続休暇がとれるフレックス・ホリデーの制度を導入し、個人のゆとりを拡大させようと取り組んでおります。
また、入社選考に際して応募学生に出身校を問わないというやり方を導入しましたが、これなども個人の尊重につながる試みで、改革への一つのステップだと考えています。さらに省資源の観点から、頻繁なモデル・チェンジよりも、むしろ付加価値が高く長く使ってもらえるような製品を考えようとする開発現場の動きも、こうした流れに沿ったものです。
いずれにしても、日本企業の経営理念の根本的な変革は、一部の企業のみの対応で解決される問題ではなく、日本の経済・社会のシステム全体を変えていくことによって、初めてその実現が可能になると思います。システムを変更することには、もちろん痛みが伴うわけですが、われわれはなんとしてもこの変革を実現させなければなりません。
この点で、統合に向けて自国の主権と利益をある程度犠牲にしても、その実現のための努力を続けるEC各国の姿は、われわれに勇気と多くの示唆を与えてくれます。このたびの経団連訪欧ミッションの折、私はEC各国の首脳が統合にいかに真剣であるかを知り、圧倒されました。
この統合は、単に市場統合のみを目指すものではなく、政治的・通貨的統合までをも視野に入れたものであります。あれだけ多くの民族、言語から成り、多様な価値観を包含するECがこの統合に向け、どれほどの自己犠牲を払っているかは想像に難くありません。
先に申し上げたように、日本の企業人は戦後、終身雇用制という新しい制度を築き上げ、労使が共に苦楽を分かち合うという運命共同体的な企業経営慣行をつくり出しました。これは日本企業の歴史のなかできわめて独創的なできごとであったわけですが、これだけの変革を行ってきた日本の企業人でありますから、外圧によることなく、自発的な努力によって新たなイノベーション、そしてブレイク・スルーができるものと私は信じております。
また企業人のみならず、株主や取引先、地域社会の人々を含め、企業にかかわるあらゆる人々が一致協力して、このような変革への努力をしていくべきだと私は申し上げたいのです。
折しも、宮沢首相も就任に当たり「生活大国」の目指すべきことを所信として述べられました。これは企業をも含めた日本の将来進むべき方向でもあります。そのなかで、われわれ企業人が前に述べたような変革を率先して行うことによって、この大事業に積極的に貢献できるとしたら、これはじつにすばらしいことだと思うのです。
WAC「21世紀へ」より抜粋