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『「No」と言える日本』について(1989年)
〜日本は違うゲームをする存在〜
ここ数年、アメリカの対日感情はどんどん悪化している印象を受ける。とくに悪いのはワシントンで、議会の空気は最悪です。その次にニューヨークに行くと、財界の日本びいきの人たちが、日本をなんとかしなきゃいかんなというところまできています。ところが地方へ行きますと、日本の企業誘致大歓迎、来てくれ来てくれという。まったく空気が違うんです。
最近はアメリカでも、対日貿易のインバランス(不均衡)がなかなか直らないのはなぜか、やっぱりアメリカの産業にも問題があるんじゃないか --- そういった反省も多少は出てきました。
たとえばベンツェン上院議員。この人は民主党の副大統領候補で、選挙中さんざん日本の悪口をいっていた人ですが、彼がサンフランシスコで7月に行ったスピーチでは、私の言葉を具体的に引用して、「米国の経営は短期的思考におちいっている、これを長期的思考に変える必要がある」といっている。
それから予算局長のダーマン氏。彼もこの7月に、「ナウナウ主義(Now-now-izm)」という言い方で、アメリカの刹那主義を自己批判している。借金で支出をまかなう米国財政だけでなく、貯蓄より消費を優先するアメリカ人の生活パターンや、麻薬の横行、教育の荒廃などを問題にしながら、「ナウナウイズムの価値観を転換しなければ、アメリカはその歴史的地位を失うことになろう」と警告を発しているわけです。
このように、アメリカの要人たちの間にも、自分たちの側に是正すべき点があるんじゃないかという反省は起こっているんです。
しかしながら、大勢としてはあいかわらずインバランスが続いている。日本との間で結果が出ないということで、大変感情的になっていることは確かです。アメリカはとくに世論の強い国ですからね。世論というものはスウィングする。いったん動き始めると、なかなか元に戻らないところもあります。
アメリカの議員たちのなかには、はじめ日本とは同じゲームを違ったルールでやっていると思っていたのに、そうではない、スタジアムは同じでも、じつは違ったゲームをしているんじゃないか、といい出した人もいる。われわれは野球をやっているつもりなのに、日本はバスケットボールをやっているんだと。
「ビジネス・ウィーク」(1989年8月7日号)の世論調査(全米、任意抽出1250人の電話インタビュー)によると、「日本の経済的脅威とソ連の軍事的脅威のどちらが米国の将来にとって重大か」という質問に対して、ソ連と答えた人は22パーセント、日本と答えた人は68パーセント。
同じような数字を近ごろよく目にするようになりました。ソ連はずっと、気持ちの悪い、怖い国だった。ソ連の首相が訪米しても、アメリカ人はみんな何となく警戒していたでしょう。ところが、ゴルバチョフくらいPRのうまい人はいないと思います。
今回訪米した海部(俊樹)総理も、とても評判がよかったようですね。海部夫人も立派に立ち振るまわれたと聞いています。とくに私が感心したのは、サンフランシスコに着いたとき、海部さんが奥さんの手をとってタラップを降りられたことなんです。日本の総理でああいったことをした人はなかなかいないのではありませんか。いままではご主人が先に歩いて、奥さんは後からついてきた。海部さんはちゃんと夫人の手をとってね。
それだけでも、アメリカ人は日本も変わったなと思うわけです。海部さんは見かけも若くて、三十何歳だと思った人もいるくらいだし、奥さんも堂々と発言されてアメリカ人の受けも非常によかったようです。海部さんは、最初の訪米ですばらしい印象を与えたと思います。
しかし、ゴルバチョフは「ゴルビー」という愛称までもらった。彼がライサ夫人と一緒に来たときのアメリカの関心は、残念ながら日本の首相の訪米とはケタ違いで、マスコミの扱いに格段の差がありました。ゴルビーを見ていると、ソ連人もわれわれと変わらないじゃないかと、いっぺんに親近感を抱くようになった。
ライサ夫人もアメリカ人にアピールした。そうすると、ソ連とはまったく違うゲームをやっていたはずなのに、どうもそうではないらしい。ひょっとしたら、同じゲームを同じルールでやるかもしれないということになる。日本人のほうが、違うゲームをする異邦人で、脅威を抱かせる存在になってきたんじゃないでしょうか。
(Vol. 13に続く)
WAC「21世紀へ」より抜粋