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『「No」と言える日本』について(1989年)
〜テクノナショナリズムは時代錯誤〜
8月4日付の朝日新聞によると、『「NO」と言える日本』の英訳が配布されたのは、HDTV(高品位テレビ)公聴会に際してのことから、「アメリカ政府がHDTV開発の支援に乗り出す必要性を補強するためにこの本が使われた」という観測が流れています。たしかにHDTVに関しては、アメリカの産業界も議員の人たちも、自分たちは遅れをとったと思っている。
日本ではNHKをはじめ多くの会社が、将来のことを見越して、HDTVの開発に大変なお金をつぎ込んできました。だけどアメリカでそんなことをしてきた会社はほとんどないんですからね。気がついてみると日本がはるか先に行っている。
テレビはエレクトロニクスの粋だから、アメリカの産業からエレクトロニクスが消えてしまうといって騒ぎ始めたわけです。アメリカのある議員に聞いた話ですが、「私のところに産業人がやってきて “ギブ・ミー・タイム・アンド・マネー”といってくる」という。時間と金をよこせ、そうしたら日本に追いついてみせるんだと。
そう口にするアメリカ人たちの胸中には、宇宙飛行のことがあるかもしれない。1957年でしたか、ソ連の人工衛星スプートニクが初めて飛んだとき、アメリカ人はもう腰を抜かさんばかりに驚いた。宇宙開発で遅れをとってしまったと、国中がショックを受けたんです。
そのときケネディ大統領が、「アメリカはやるぞ、60年代に人間を月に送ってみせる」と演説をした。そしてNASAを中心に総力を結集し、とうとう69年にアポロの月着陸を実現しました。アメリカが本気になれば、スプートニクだって追い抜いたんだ。日本ごときはすぐ追い越せるはずなんだ。しかしそれは一企業のレベルでは無理なので、NASAと同じように国家の金を使えということです。
私たちは、日米共同のプロジェクトはいくつかあるわけだから、その一つとしてHDTVの日米共同開発をやりましょうと提案しています。FSX(航空自衛隊の次期支援戦闘機)のケースとは逆に、日本が積極的に動いて、われわれの技術を提供しましょうということです。
もちろんリーズナブルな値段で特許料はいただきます。私たちもいままでアメリカの技術に対して莫大なロイヤリティを払ってきたんですから。しかし法外な金をごっそりもらおうなどとは思っておりません。
私たちの提案に対して、アメリカ側の動きは流動的で、国防省はHDTVが国防に役立つものかどうかリサーチする、そのために3000万ドル使ってもいいといっている。一方、ダーマン氏が局長をやっている議会予算局のレポートでは、HDTVは民生産業全体でそう大きな位置を占めるものではない、大金を使って大騒ぎをするのは行きすぎじゃないかという意見もあります。
そういった空気のなかで、「日本にやられたらおしまいだぞ。おれが先頭の旗振りをして、日本に追いついてみせる」という意向がアメリカ人の一部にあるのも事実です。「われわれはわれわれでやる。日本をシャットアウトしろ」と叫んでいるわけです。
私は、このような意見をナショナリズム、それもテクノナショナリズムと名づけています。世界規模に拡大した技術開発・技術移転という偉大なゲームから身を引き、自分の殻に閉じこもる傾向、それがテクノナショナリズムです。その結果、一国の最高レベルの研究者が内向きの姿勢になり、才能と資源の効率的な活用がとどこおってしまいます。
テクノナショナリズムと背中合わせにあるのは技術植民地化の怖れです。これは、外国のアイディアの受け入れに熱中しすぎると、全面的な依存状態となり、国内産業のエネルギーが失われるという考え方ですね。
しかし、テクノナショナリズムも技術植民地化への怖れも、いずれも心情の問題、フィーリングの問題であって、理性の問題ではないし、またそれは決して問題の最終的解決にはなりません。心情というのはなかなか説得するのが難しいけれど、私は、こうした傾向に同意しつつあるアメリカの人たちに、日本を見てくださいといいたいんです。 (Vol. 17に続く)
WAC「21世紀へ」より抜粋