コミュニケーションを大事にする盛田であるが、ただ自分の意見を言えばよいというわけではない。相手に合わすことがコミュニケーションの第一歩である、と盛田は考える。そのことを、盛田は電波を例にして説明する。電波を発する場合、適当に発信しても相手がチャンネルを合わせてくれなければ、伝わらない。
「コミュニケーションを図るために大事なことは、相手の気持ちが、どのチャンネルに合っているかを早く見つけ出すことである。最初は手探りでも、必ず見つけ出せるはずである。そのようにして努力してこそ、本当の意味での良いコミュニケーションが図れるようになると思う」(『ソニーファミリー』1993年5月号)
ところが、日本人は相手のことを思ってコミュニケーションをすることがあまり得意ではない。なぜなら、日本人は同じ文化の中で育ち、言語もほぼ共通であるため、深く相手を考える必要もなく、なんとなくコミュニケーションをすることができたからだ。曖昧な言い方や抽象的な表現でも、相手がなんとなく理解してくれたのだ。
しかし、日本人も多様化してくると、従来のままではうまくいかなくなってくる。さまざまな考え方や異なる文化の中で育った外国人相手では、なおさらである。
どんな相手でもちゃんと理解できる表現の例として、盛田は東京ディズニーランドのマニュアルを紹介している。東京ディズニーランドでは、毎晩、広大な敷地を水洗いするのだが、その洗い方の基準がただきれいにしようと書いてあるのではない。
「“きれいさ”の基準を誰もが納得できるように『朝一番でパークに入ってくるゲスト(お客様)の赤ちゃんが、どこで這ってもいいように洗いなさい』と書いてあるそうだ。日本人同士なら『きれいにしよう』のひと言で終わりであるが、ディズニーランドの本家のアメリカでは、抽象的な表現では通じない。国籍、人種、育った環境が違う人が多ければ、個人の尺度もマチマチである。そこで『赤ちゃんが這ってもいいように』という言葉を付け加えることで、曖昧さのないわかりやすい基準を示したのである」(『ソニーファミリー』1993年7月号)
出るクイを求む
盛田自身はもともと曖昧な表現ではなく、言いたいことを端的に表現する能力に長けていた。それがより発揮されたのが、広告においてである。かつてソニーが出した求人広告に「出るクイを求む」というコピーがある。これも盛田自身のアイデアだった。
このコピーは、ソニーはおとなしいだけのイエスマンはいらない、積極的に行動する人物を求めているということが、ストレートに表現されている。それから、盛田が考えたコピーに『英語でタンカをきれる人募集』というのがある。これも『英語の話せる人』というよりストレートに、強いインパクトの名コピーだと当時、広告業界でも大変話題になった。今から30年以上も前からコミュニケーションの重要性を主張していたのである。
今後、コミュニケーション・メディアが発達すればするほど、コミュニケーションが難しくなると盛田は予測する。そのときこそ「聞き手をはっきり意識してものを言う話し手」でなければならないのである。
「ソニー・マガジンズ 盛田昭夫語録より」