ある日昭夫がニューヨークから帰国した時のことです。カバンの中から大切そうに小さなマホガニーの小箱を取り出しました。
「高い物買っちゃった、ごめんね」「いくら」「100ドルちょっと」。(当時1ドル360円)そして彼は一生懸命これを買った時の話をするのです。
この小さな小箱、実は美しい音のオルゴールでした。ふと入ったデパートの片すみで一人の品のよいおばあさんがこれを手にして幾度も幾度も音楽をきいていたのだそうです。もちろん彼もまたその脇で動かずにききいっていたに違いありません。おばあさんはとうとうあきらめました。「やはり私には高すぎるわ」彼女はそう言って立ち去りました。
彼はその言葉を待っていたかのように、そしておばあさんの後ろ姿に少々うしろめたい感じをいだきながらこの箱を求めて帰って来たのです。
これをグランドピアノのふたを開けて中に入れて鳴らすと反響して素晴らしい音が生まれます。彼は得意でした。
それから5、6年たったある日、今度は突然大きな箱が我が家を驚かせました。
カリフォルニアの街はずれで見つけたというこの大きな箱はオルゴールだったのです。19世紀の終わりごろに作られたものとかで、アメリカの5セント硬貨を入れると手巻きのゼンマイによって直径50センチもある鉄盤がまわり始め音楽が流れます。
1枚のものはよく見られるのですが、これは12枚のディスクが組み込まれていて好きな曲をセレクトできるところが珍しいのだそうです。ニッケルと呼ばれる5セントを使うので、ニコローディアンとも呼ばれています。
小さな小箱のオルゴールと違って、これは部屋中に美しい音を響かせます。
この大きなオルゴールをどこに置くかで大議論になりました。音の出る古いもの、そして珍しいものを見つけたらすぐ欲しくなる旦那さま、「ごめんね、また買っちゃった」「どこに置くの」、あの頃はよくこんな会話をしたものです。
昭夫が亡くなってこの10月で8年になります。今は懐かしい思い出となりました。
2007年5月14日 盛田良子 記